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アレクサンドリアと古代エジプト~「海のエジプト展」を巡って~

今年は横須賀市市民大学(横須賀市生涯学習センター)にて

アレクサンドリアと古代エジプト~「海のエジプト展」を巡って~

というタイトルの講座を担当させて頂きます。

先日、講座の応募が締め切られました。おかげさまで80名ほどの
申込があったようです。定員が80名ですので、今年度は申込者全員が
当選になったかと思われます。ベストの申し込み人数でしたのでビックリです。
早稲田のエクステンションセンターの受講生の方々も申し込んで下さったようです。
ありがとうございました。

この講座では、別途有料にて「海のエジプト展」の見学会を開催する予定です。
今から講座が楽しみです。
(*見学会は参加を希望する受講生のみが対象となります。家族や友人などの
同伴は認められません。)

「海のエジプト展」はすでにスペインやドイツなどで開催されています。
その図録がFranck Goddio edited. Egypt's Sunken Treasures.です。
(詳細は西本先生のブログにて紹介されております。
 http://ejibon.blogspot.com/2009/04/goddio-ed-2008-2nd-ed.html)

英語版の図録は全部で399ページもありますが、日本語版の図録はかなり
圧縮された内容になるのではないかと、勝手に予想しています。

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サハラの秘境・ギルフ・ケビール~謎の岩絵に文明の起源を探る~

サハラの秘境・ギルフ・ケビール
~謎の岩絵に文明の起源を探る~


clipNHKスペシャルのHP

2009年5月10日(日) 午後9時00分~9時49分
総合テレビ

ギルフ・ケビールの岩絵は1933年に発見されたものの、アクセスするのが難しい
秘境になっていたという。砂漠にある岩絵から何を読み取ることができるのであろうか?
気になる番組です。

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言語学と語学

言語学という学問がどのような学問であるのかは一般には
知られていないようだ。よくある誤解は言語学を語学の一種
として捉えるというもの。だから、言語学を専門にしています
と言うと、「何ヶ国語が話せるのですか?」との質問を受ける
ことが多い。

日本の言語学者の中で、日本語の言語学を専門とする学者の
数が最も多いように思われる。日本語の言語学者は、日本語
だけで言語学の研究を成り立たせることも可能である。

言語を話すこということと、その言語を言語学として研究する
というは、互いに異なる次元の行為である。また、母語に対
する語学は原則としてあり得ないが、母語は言語学の対象に
成り得る。

言語学の目的は、対象言語を話すことや対象言語を暗記する
ことではなく、言語のあらゆる側面を分析し、言語にまつわる
あらゆる姿を明らかにすることにある。

友人と待ち合わせをしたものの、その友人がなかなか待ち合わ
せの場所に来ない場面を想定しよう。30分経ってからその友人
の姿が遠くに見えたとき、友人がこちらに急いで向かっている
にもかかわらず、「やっと来たよ」とつぶやくことがある。こちらに
向かっている友人を見て、なぜ「来た」と発言するのか? この
ような場合、「やっと来つつあるよ」ではなぜダメなのか?

このような問いについて考えるのは、語学ではなく、言語学の
領域である。

かなり極端な例を言えば、語学と言語学はレーサーとメカニック
の関係に似ている。言語というvehicleを上手に操るレーサーが
語学の達人だとすれば、vehicleそのものを分析するメカニックが
言語学者である。互いに言語=vehicleを対象としているが、その
目的や行為は異なっている。

ある言語を知っているということは言語学の助けになるが、言語
に対する知識があるということは言語学の知識があるということと
同じではない。その一方で、言語学で立派な業績を残している
学者が語学の達人であるとは限らない。そればかりか、語学が
苦手な言語学者というのも、実に多い。

レーサーがメカニックと同じではないのと同様に、メカニックは
レーサーと同じではない。

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便宜的な妥協や諸説紛糾な状態ではなく、百花繚乱の激しい論争が重要

中エジプト語を巡って実に様々な学説が提示されている。このことは、現状において
中エジプト語の言語理解が未だ定まっていないことを示している。

このような状況に対して「学者同士で話し合って、見解を1つに統一したらどうですか」
との提案を特に一般の方から頂戴することがある。

他の研究者を黙らせるだけの優秀な学説が出てきた場合には、見解が1つに統一される
こともあるかもしれない。だが、現状においては学説の統一など、夢のまた夢の世界の
お話である。

日本語の場合だって、日本語を話す日本人が日本語に対して日本語で議論をして
いても、たとえば語の区切り方というレヴェルにおいて、見解の統一などなされていない。

そもそも、「学者同士で話し合って、見解を1つに統一したらどうですか」という提案は、
「世界には様々な宗教がありますが、皆で話し合って宗教を1つにしたらどうですか」と
提案するようなものである。

重要なことは「便宜を意図して諸学説に折り合いをつけること」ではなく、
「中エジプト語がどのような言語であったのかを真剣に議論すること」である。
そのような議論の結果、見解が統一されるのであれば、それで結構。

しかし、便宜的な学説の妥協は好ましくないし、諸説紛糾な状態に陥るのも良くない。
むしろ、百花繚乱の激しい論争が展開されるのでれば、学問の世界がより活性化
されるであろう。

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エジプトのガイドブック2冊


Bongioanni, Alessandro and Croce, Maria Sole edited (2003)
Treasures of Ancient Egypt: The Colection of the Egyptian Museum in Cairo.

カイロ博物館のガイドブック。全632ページ、カラー印刷。
本文のほぼすべてのページにカラー写真が掲載されている。
作品が雑多に並べてあるカイロ博物館で最初から丁寧にモノを見ていると途中で
疲れてきたり、飽きてきたりするので、本書のようなガイドブックを利用してあらかじめ
目星をつけておくと、見学にメリハリがつくかもしれない。

Weeks, Kent R. (2005)
The Treasures of Luxor and the Valley of the Kings.

ルクソールを中心としたガイドブック。全564ページ、カラー印刷。
509ページまでがルクソールのガイドで、510ページからはアビドス、デンデラ、
エスナ、エドフ、コムオンボの神殿が扱われている。本書もほぼすべての
ページにカラー写真が掲載されている。しかも、写真や図版にキャプションが
添えられており、被写体が遺跡のどの場所にあるのかが示されている。
2ページ分だけではあるが、著者の発掘現場であるKV5の解説もある。

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日本十進分類法における言語の分類(その3):言語か歴史か?

古代エジプト語はヘブライ語、アッカド語、アラビア語などの言語とともに
アフロ=アジア諸語(あるいは語族)に分類される。つまり、古代エジプト語
とヘブライ語などの言語は親戚関係にある言語だといえる。しかしながら
日本十進分類法では、古代エジプト語は894番台に、そしてヘブライ語は
829番台に分類されるので、互いに関連を持つ両言語が離れた棚に配架
されることになる。

さらに、古代エジプト語の資料の場合には、歴史学の立場からの分析も
多いため、

 200 歴史
  240 アフリカ史
   242 エジプト

という番号に類書が配架されている。

歴史関係の書籍が200番台に配架されることは当然だとして、「歴史碑文」
などの研究については、歴史の棚に配架されたり、あるいは言語の棚に
配架されたりと、異なる扱いを受けることがある。

たとえば、次のシリーズ本。

K.A. Kitchen
Ramesside inscriptions.

本書は

Historical and biographical.
Translated & annotated, notes and comments.
Translated & annotated, translations.

という3種類の副題のもと、さらに何冊かに分かれており、言語資料の
本文編は Historical and biographical に収録されている。Translatedで始まる
シリーズは本文編に対する翻訳や註を掲載したものである。

この一連のシリーズ本は、多くの場合、894に配架される。だが、図書館によっては、
Historical and biographical を242に、Translated & annotated, translations を894に、
分けて配架しているところもある。

分類というのは、なかなか難しい。

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日本十進分類法における言語の分類(その2):中東の言語はどこに?

日本十進分類法で

 840 ドイツ語
 850 フランス語
 860 スペイン語
 870 イタリア語
 880 ロシア語

の「綱」の9で終わる「目」をみると

 849 その他のゲルマン言語
 859 プロヴァンス語
 869 ポルトガル語
 879 その他のロマンス諸語
 889 その他のスラヴ諸語

となっている。要するに、その仲間達が8*9の番号に集結される
ことになる。

ここで疑問に思うのは、中東の言語はどこに分類されるのか
ということ。たとえば、国連の公用語の1つであるアラビア語は
どこに分類されるのか。890番台をみても、中東の諸言語という
分類はない。

古代エジプト語の場合には

 894 アフリカの諸言語

という「目」が設定されているので、居場所がわかりやすいが、
中東やアジア大陸の言語は一見すると、どこに分類されている
のかわからない。だが、それらの言語にも当然ながら居場所が
あり、それは

 820 中国語

の「目」の1つである。820 中国語 には

 829 その他の東洋の諸言語

という「目」があり、ここにアラビア語が含まれることになる。
アラビア語ばかりではなく、ヘブライ語、アッカド語、シュメール語、
ヒッタイト語、トルコ語などの中東諸国の言語や、サンスクリット語
などの中央アジアの言語、それに朝鮮語などもここに含まれる。
つまり、東アジアから小アジア(トルコ)まで、アジア大陸にある諸言語が
「中国語の仲間達?」として829番台に分類されているのだ。

ということで、韓国語の本のすぐ近くで、アラビア語の本を見出すことになる。
かなり驚きの分類。

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日本十進分類法における言語の分類(その1):890番台の言語たち

図書を分類する際には幾つかの分類基準がある。
日本では次の2種類が有名である。

clip 国立国会図書館分類表 (wikipedia)

clip 日本十進分類法 (wikipedia)

この2種類のうち、学校の図書館では日本十進分類法を採用しているところが多い。

その日本十進分類法は第1に次のような10種類の「類」で図書を分類する。

 0類(000~) 総記
 1類(100~) 哲学
 2類(200~) 歴史
 3類(300~) 社会科学
 4類(400~) 自然科学
 5類(500~) 技術・工学・工業
 6類(600~) 産業
 7類(700~) 芸術
 8類(800~) 言語
 9類(900~) 文学

哲学という文化系学問に始まり文学というこれまた文化系の学問で
終わるという配列がどのように生じたのかは不明であるが、
私の専門とする言語学は8類つまり800番台に属している。

この10種類の「類」の内部で、それぞれ10種類の「綱」に区分されることになり
800番台には次のような「綱」が設定されている。

 800 言語
 810 日本語
 820 中国語
 830 英語
 840 ドイツ語
 850 フランス語
 860 スペイン語
 870 イタリア語
 880 ロシア語
 890 その他の諸言語

言語全般や言語学の図書を収めた800番台から始まり、日本語、中国語、
英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ロシア語という
わずか8種類の現代語で880番台までが占有され、その他の諸言語は
まさに「その他」という扱いのもと、890番台の「綱」に回されている。

世界には話者を持つ言語が約7000種類も存在しているといわれるが、
日本十進分類法によれば、一見すると先の8言語以外のほとんどの言語が
890番台に集結せざるを得なくなる。

「これでは不平等であり、890番台の棚がパンクするのではないか」と
疑問に思う方は、是非とも図書館で棚の量を確認して頂きたい。
図書館に行ってみるとパンク寸前の棚は日本語、中国語、英語などの主要な
言語の棚くらいなもので、890番台の棚については、その存在に気付かずに
通り過ぎてしまうことがあるほど、図書の量が少ない。日本において890番台
の言語は所詮は「その他」の存在でしかないのだということを思い知らされる。

さて、この890番台の「綱」であるが、この内部で更に「目」に区分される。

 891 ギリシア語
 892 ラテン語
 893 その他のヨーロッパの諸言語
 894 アフリカの諸言語
 895 アメリカの諸言語
 897 オーストラリアの諸言語
 899 国際語(人工語)


ギリシア語やラテン語など西洋古典の王道も「その他の諸言語」という「綱」に
エントリーされている現状に少々驚くとともに、私のように894番台という成れの果てに
分類される言語を専門としている人間にとって、890番台の棚でギリシャ語を見かけた
ときは、砂漠のど真ん中で友人に出会ったときのような安堵感を覚えるものでもある。

以上、言語を切り口に日本十進分類法の一端を垣間見たが、この分類法の目指す
ところが日本で図書を配架するための効果的なシステムにあることを痛感する次第である。

それにしても、すべての対象を10種類ずつ区分する日本十進分類法の徹底振りに
五行説のような「哲学」を感じる。

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Ethnologue

世界の人口を正確に言い当てることが難しいように、現在において話者を
持つ言語が世界にいくつ存在しているのかを正確に数えることは難しい。

その理由の1つに、世界の果てまで赴いて言語調査を実施することが、
政治、治安、経済、健康などの事情から難しいということがある。

そして別の理由として、言語の認定を客観的におこなうことが難しいという
根本的な事情がある。つまり、ある言語を独立した言語として認めるうえでの
客観的基準が言語内部にあるとは限らず、場合によっては政治的・文化的な
事情に左右されてしまうことがあるのだ。実のところ、こちらの理由が言語
認定における最大のネックになっている。

「~語」と呼ばれて広く認知されていれば、それだけで独立した言語として認め
られるのかというと、実のところ、現状はそれほど単純なものではない。また、
方言の扱いもここに大きく絡んでくる。

ちなみに、言語研究の代表的組織の1つである SIL International が刊行する
Ethnologue によると、現在において話者を持つ言語の総数は 6,912 である。
この数には古代エジプト語のような死滅した言語は含まれていない。

ところで、日本にいくつの言語が存在しているのかを考えたことがあるだろうか?

先の Ethnologue によれば日本には15種類の言語があるという。
なぜ15種もあるのか? 気になる方はぜひとも自分で調べてみて下さい。

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TRAVELER'S notebook

新年度になりました。

気分一新、この新年度から手帳を TRAVELER'S notebook にしてみました。

荒削りな風合いの革が心地良いです。

まだ買ったばかりなので使いこなせていませんが、カスタマイズ第一弾として
お守りのカエルをペタッと貼り付けました。今後も自分なりにカスタマイズして
いきたいと思います。

今後は、日常生活やairplane旅行で活躍してくれることでしょう。

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