言語学用語を調べるための本

古代エジプト語の文法書を洋書で読んでおられる方から、
「言語学用語がわかる辞典はありませんか」
との連絡を頂いたので、以下の3冊を紹介する。

book 安藤貞雄・樋口昌幸・鈴木誠一 編著 (1990) 『言語学・英語学小事典』 北星堂書店
全229ページ:税抜2,000円:ページ単価8.73円

book 田中春美 (1988) 『現代言語学辞典』 成美堂
全930ページ:税抜15,000円:ページ単価16.13円

book 亀井孝・河野六郎・千野栄一 (2005) 『言語学大辞典-第6巻 術語編-』 三省堂
全1795ページ:税抜48,000円:ページ単価26.74円

言語学を学んだことのない人が言語学に関する洋書を読んでいると、用語がわからずに
苦戦することになるかと思う。その際、英和辞典などで用語を探し、その和訳を調べた
としても、原文の理解にはなかなか至らないであろう。

言語学の専門書を読むうえで重要なことは、専門用語の和訳を知ることではなく、
言語学用語の概念を理解することにある。そのような意味でここで紹介した辞典などを
利用することになる。

『言語学・英語学小事典』は安価にして小型なので携帯に便利。ただし表題にあるように
英語学を中心とした言語学用語の解説書になっている。しかも見出し語は英語で配列さ
れているので、専門用語を英語に直して引かなくてはならない(たとえば「同化」は
「assimilation」で引く)。試験対策用の用語集のような体裁で、項目数や解説量は少ない。

『現代言語学辞典』は本格的な辞典であり、項目数も解説量も多い。どれか1冊を揃える
とすれば、価格を考えるとこれが無難かもしれない。本書も見出し語は英語で配列されて
いる。初版は12,000円であったが、いつの間にか15,000円に値上がりした。

『言語学大辞典-第6巻 術語編-』は日本で最も権威のある言語学大辞典の第6巻。
全1795ページという大分量だが、1項目あたりの解説量が多いので、実際の項目数は
ページ数からするとそれほど多くはなく、全1500項目ほど。用語の選別は19世紀の
言語学を基準としているため、最近の言語学用語がカバーされていない。


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日本十進分類法における言語の分類(その3):言語か歴史か?

古代エジプト語はヘブライ語、アッカド語、アラビア語などの言語とともに
アフロ=アジア諸語(あるいは語族)に分類される。つまり、古代エジプト語
とヘブライ語などの言語は親戚関係にある言語だといえる。しかしながら
日本十進分類法では、古代エジプト語は894番台に、そしてヘブライ語は
829番台に分類されるので、互いに関連を持つ両言語が離れた棚に配架
されることになる。

さらに、古代エジプト語の資料の場合には、歴史学の立場からの分析も
多いため、

 200 歴史
  240 アフリカ史
   242 エジプト

という番号に類書が配架されている。

歴史関係の書籍が200番台に配架されることは当然だとして、「歴史碑文」
などの研究については、歴史の棚に配架されたり、あるいは言語の棚に
配架されたりと、異なる扱いを受けることがある。

たとえば、次のシリーズ本。

K.A. Kitchen
Ramesside inscriptions.

本書は

Historical and biographical.
Translated & annotated, notes and comments.
Translated & annotated, translations.

という3種類の副題のもと、さらに何冊かに分かれており、言語資料の
本文編は Historical and biographical に収録されている。Translatedで始まる
シリーズは本文編に対する翻訳や註を掲載したものである。

この一連のシリーズ本は、多くの場合、894に配架される。だが、図書館によっては、
Historical and biographical を242に、Translated & annotated, translations を894に、
分けて配架しているところもある。

分類というのは、なかなか難しい。

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日本十進分類法における言語の分類(その2):中東の言語はどこに?

日本十進分類法で

 840 ドイツ語
 850 フランス語
 860 スペイン語
 870 イタリア語
 880 ロシア語

の「綱」の9で終わる「目」をみると

 849 その他のゲルマン言語
 859 プロヴァンス語
 869 ポルトガル語
 879 その他のロマンス諸語
 889 その他のスラヴ諸語

となっている。要するに、その仲間達が8*9の番号に集結される
ことになる。

ここで疑問に思うのは、中東の言語はどこに分類されるのか
ということ。たとえば、国連の公用語の1つであるアラビア語は
どこに分類されるのか。890番台をみても、中東の諸言語という
分類はない。

古代エジプト語の場合には

 894 アフリカの諸言語

という「目」が設定されているので、居場所がわかりやすいが、
中東やアジア大陸の言語は一見すると、どこに分類されている
のかわからない。だが、それらの言語にも当然ながら居場所が
あり、それは

 820 中国語

の「目」の1つである。820 中国語 には

 829 その他の東洋の諸言語

という「目」があり、ここにアラビア語が含まれることになる。
アラビア語ばかりではなく、ヘブライ語、アッカド語、シュメール語、
ヒッタイト語、トルコ語などの中東諸国の言語や、サンスクリット語
などの中央アジアの言語、それに朝鮮語などもここに含まれる。
つまり、東アジアから小アジア(トルコ)まで、アジア大陸にある諸言語が
「中国語の仲間達?」として829番台に分類されているのだ。

ということで、韓国語の本のすぐ近くで、アラビア語の本を見出すことになる。
かなり驚きの分類。

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日本十進分類法における言語の分類(その1):890番台の言語たち

図書を分類する際には幾つかの分類基準がある。
日本では次の2種類が有名である。

clip 国立国会図書館分類表 (wikipedia)

clip 日本十進分類法 (wikipedia)

この2種類のうち、学校の図書館では日本十進分類法を採用しているところが多い。

その日本十進分類法は第1に次のような10種類の「類」で図書を分類する。

 0類(000~) 総記
 1類(100~) 哲学
 2類(200~) 歴史
 3類(300~) 社会科学
 4類(400~) 自然科学
 5類(500~) 技術・工学・工業
 6類(600~) 産業
 7類(700~) 芸術
 8類(800~) 言語
 9類(900~) 文学

哲学という文化系学問に始まり文学というこれまた文化系の学問で
終わるという配列がどのように生じたのかは不明であるが、
私の専門とする言語学は8類つまり800番台に属している。

この10種類の「類」の内部で、それぞれ10種類の「綱」に区分されることになり
800番台には次のような「綱」が設定されている。

 800 言語
 810 日本語
 820 中国語
 830 英語
 840 ドイツ語
 850 フランス語
 860 スペイン語
 870 イタリア語
 880 ロシア語
 890 その他の諸言語

言語全般や言語学の図書を収めた800番台から始まり、日本語、中国語、
英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ロシア語という
わずか8種類の現代語で880番台までが占有され、その他の諸言語は
まさに「その他」という扱いのもと、890番台の「綱」に回されている。

世界には話者を持つ言語が約7000種類も存在しているといわれるが、
日本十進分類法によれば、一見すると先の8言語以外のほとんどの言語が
890番台に集結せざるを得なくなる。

「これでは不平等であり、890番台の棚がパンクするのではないか」と
疑問に思う方は、是非とも図書館で棚の量を確認して頂きたい。
図書館に行ってみるとパンク寸前の棚は日本語、中国語、英語などの主要な
言語の棚くらいなもので、890番台の棚については、その存在に気付かずに
通り過ぎてしまうことがあるほど、図書の量が少ない。日本において890番台
の言語は所詮は「その他」の存在でしかないのだということを思い知らされる。

さて、この890番台の「綱」であるが、この内部で更に「目」に区分される。

 891 ギリシア語
 892 ラテン語
 893 その他のヨーロッパの諸言語
 894 アフリカの諸言語
 895 アメリカの諸言語
 897 オーストラリアの諸言語
 899 国際語(人工語)


ギリシア語やラテン語など西洋古典の王道も「その他の諸言語」という「綱」に
エントリーされている現状に少々驚くとともに、私のように894番台という成れの果てに
分類される言語を専門としている人間にとって、890番台の棚でギリシャ語を見かけた
ときは、砂漠のど真ん中で友人に出会ったときのような安堵感を覚えるものでもある。

以上、言語を切り口に日本十進分類法の一端を垣間見たが、この分類法の目指す
ところが日本で図書を配架するための効果的なシステムにあることを痛感する次第である。

それにしても、すべての対象を10種類ずつ区分する日本十進分類法の徹底振りに
五行説のような「哲学」を感じる。

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Ethnologue

世界の人口を正確に言い当てることが難しいように、現在において話者を
持つ言語が世界にいくつ存在しているのかを正確に数えることは難しい。

その理由の1つに、世界の果てまで赴いて言語調査を実施することが、
政治、治安、経済、健康などの事情から難しいということがある。

そして別の理由として、言語の認定を客観的におこなうことが難しいという
根本的な事情がある。つまり、ある言語を独立した言語として認めるうえでの
客観的基準が言語内部にあるとは限らず、場合によっては政治的・文化的な
事情に左右されてしまうことがあるのだ。実のところ、こちらの理由が言語
認定における最大のネックになっている。

「~語」と呼ばれて広く認知されていれば、それだけで独立した言語として認め
られるのかというと、実のところ、現状はそれほど単純なものではない。また、
方言の扱いもここに大きく絡んでくる。

ちなみに、言語研究の代表的組織の1つである SIL International が刊行する
Ethnologue によると、現在において話者を持つ言語の総数は 6,912 である。
この数には古代エジプト語のような死滅した言語は含まれていない。

ところで、日本にいくつの言語が存在しているのかを考えたことがあるだろうか?

先の Ethnologue によれば日本には15種類の言語があるという。
なぜ15種もあるのか? 気になる方はぜひとも自分で調べてみて下さい。

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犬飼 隆 (2008) 『漢字を飼い慣らす-日本語の文字の成立史-』


日本人は、外国語の文字である漢字で日本語を書くようになったが、その実践には様々な
試行錯誤が必要であった。その過程を示すキーワードが「飼い慣らし」と「鋳直し」である。
漢字が飼い慣らされた結果、平仮名と片仮名が生まれた。本書はその過程にも言及している。

本書は筆者の最近の研究のダイジェスト版であり、全十章の本文、補説、付録、の三部からなる。
このうち、第七章~第九章と補説は既出原稿の改訂版であり、付録は既出記事の再録である。

第一章と第十章は、いわば「序論」と「終論」のような関係にあり、本書全体の趣旨が
述べられている。

第二章~第六章は、漢字の受容から飼い慣らし・鋳直しまでの歴史的過程を整理した
ものである。分かりやすい解説なので、スラスラと読み進めることができる。

第七章~第九章は学術書の要約版であり、著者の研究成果が述べられている。

補説は研究資料や研究方法について述べたものである。個人的には補説で述べられて
いる内容に同意する部分が多い。それは1次資料とは何かという問題である。

 「現物があっても文字の読み取りそのものに研究を要する」(p.215)
 「活字化して提供されるもの自体が解釈の産物である」(p.223)
 「日本語や日本文学の研究者がとくに心がけなくてはならないのは、書かれた文字、
 それも活字化された釈文だけを見て、ものを考えがちな傾向である」(p.224)

歴史学であれ、文学であれ、宗教学であれ、言語学であれ、文献資料を扱う研究者は、
意外なことに1次資料を見ていない。「研究者が校訂を施して活字化したもの」(p.213)を
資料として扱う傾向にある。補説では、このような研究態度に警鐘を鳴らしている。

付録は新聞記事の再録である。筆者の想定していた言語史が万葉歌の木簡発見に
よって確かめられたことが記されている。そのような意味で、万葉歌の木簡は筆者に
とってはタイムマシンのような存在なのかもしれない。

<目次>
第一章 日本語の文字体系と書記方法の個性
第二章 日本語には固有の文字がなかった
第三章 古典中国語の文字を借りて日本のことがらを書く
第四章 訓よみ──漢字に日本語をあてて読み書きする
第五章 音よみ──古代中国語を日本語のなまりで発音する
第六章 万葉仮名──漢字で日本語の発音を書きあらわす
第七章 漢字と日本語との接触──八世紀の兄弟姉妹概念と語彙
第八章 漢字で日本語の文を書きあらわす──古事記の選録者たちの工夫
第九章 日常業務と教養層の漢字使用──平仮名・片仮名の源流
第十章 仮名で日本語の文を書きあらわすには?
補説 古代の漢字資料としての出土物
付録 紫香楽宮跡 万葉歌の木簡発見

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村上征勝 (2004) 『シェークスピアは誰ですか?-計量文献学の世界-』


個々の人間に個性があるように、人が書いた文章にも個性がある。それが「文章の指紋」だ。この指紋は、指紋であるがゆえに、文章を書いた人物の特定に役立つ。

本書で検証されている指紋の例には、次のようなものがある。

 名詞や漢字の使用率
 単語や文の長さ
 語や形態素の個数や使用頻度
 読点の付け方

これらの要素を計量分析することによって、文章の個性や著者の判定に役立てる。これが計量文献学である。

指紋分析の俎上に上げられた文献は、「かい人21面相の脅迫文」、「パウロの書簡」、「イザヤ書」、「シェークスピアの作品」、『静かなドン』、「プラトンの『第七書簡』、『源氏物語』などなど、日本ばかりか世界でも有名な作品ばかりである。

このように世界に名立たる作品が取り上げられ、その指紋が分析されているということは、実のところ、それらの作品の筆者が誰であるのかが不明確であることを意味している。では、指紋分析の結果が示すそれぞれの作品の著者像は、いったい、どのようなものなのであろうか?

と、このように書いてみると、計量文献学が著者の特定に役立つ万能分析であるかのように感じられるかもしれない。でも、実際に検証例を見てみると、著者の断定に至っている例は実に少ない。文章の指紋分析を無理やり野球にたとえると、選手Aのバント成功率は40.2%、選手Bのバント成功率は20.8%、そして選手名不明のデータのバント成功率は40.4%である。選手名不明のデータが選手Bのものであるという説があったが、バント成功率をみる限り、むしろ選手Aのものである可能性がある、というようなものである。

計量文献学の手法をどのように評価するのかは見解が分かれるところであろう。私としては、「選手=著者」の顔を見ずして、「データ=文章の形式」から「選手=著者」の姿を絞っていくその姿勢に、興味を覚えた次第である。気になる方は本書を読んでみて下さい。

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ビビアン・クック (2008) 『英語の書記体系』


文字は音声言語をうつす(移す・写す)手段であるとの説明がしばしばなされる。この説明は、文字で表記された文字言語が、音声で表現された音声言語に対応するという考え方に基づいている。しかしながら、音声言語と文字言語という二項対立だけで文字言語を見ていると、実のところ文字表記の現実のあり方が見えてこないのではないかと私は感じていた。また、『言語学大辞典〈第6巻〉術語編』の「文字」(pp.1340-1344)や「文字論」(pp.1346-1348)の項目では、表音と表語の対立が議論の中心にあり、「表記そのもの」に対する議論が希薄であるように感じられていた。

それに対して本書は、「表記そのもの」=「表記体系」を議論の中心に据えた本である。 原著は全7章からなる。それぞれの章の本文は「全体のレビュー+本文+まとめ」という構成を意識して書かれている。しかも、本文の内容をより深く理解するための問題が随所に設けられている。また、章末には「課題+問題のヒント+文献紹介」が付いており、学習を発展させたい人に配慮がなされている。このように本書は読者や学習者に親切な体裁になっている。

解説の文章も実に分かりやすい。それでいて、内容のレヴェルが低いわけではなく、むしろ最新の研究成果がふんだんに取り入れられた高水準のものになっている。さらに、学術的なものから一般の方のものまでwebページが幾つか紹介されているので、様々な角度から本書の情報を補足することができる。本書は表記体系を学ぶための最良の教科書だと思う。

このような良書が日本語で読めるのは、なんともありがたい。翻訳の文章も読みやすく、正確である。また、巻末の事項索引には英語表記も添えられているので、原著との照応が容易である。

ただ、訳者まえがきにあるように、全訳ではないのが残念なところである。原著のChapter 6 Historical changes in the English writing systemのすべてと、Chapter 4(翻訳 第4章)とChapter 7(翻訳 第6章)の一部が割愛されている。

原著のChapter 4と7の正確な割愛箇所については訳者まえがきで明らかにされていないが、私が見たところ、①Chapter 4: p.111の図の一部、②Chapter 4: p.112以降の解説、③Chapter 7: p.120以降の解説とTask 6、が割愛されているようである(細かく見れば、他にもあるかもしれない)。 なお、これは訳者まえがきに書かれていないことだが、原著にあるIPA Transcription of English phonemes(p.215)と、巻末の参考文献の一部も割愛されている。割愛されている参考文献は以下の通りである。

 Bernard,M., et al. (2001)
 Coulmas, F. (1996)
 Dixon, C. (2001)
 Jackson, D. (1981)  
 Jacobson, S. (1966)  
 Jaquith, J.R. (1976)  
 Johnson, E. (1905)  
 Pound, L. (1923)  
 Pound, L. (1926)  
 Praninskas, J. (1968)  
 Tinker, M. (1963)  
 Wijk, A. (1966)

参考文献の割愛は本文の割愛によって生じたものだと思われるが、Coulmas, F. (1996) The Blackwell Encyclopedia of Writing Systems. Oxford: Blackwell. は和訳でも引用されているので、これが割愛されているのは単純なミスであろう。

河野六郎は英語の書記体系について「英語のスペリングが表音的に言ってはなはだ不合理なものであることは有名である・・・表音としてはまったく滅茶苦茶である」(『文字論』)と述べている。それに対して本書は「英語の綴りが、文字と音との間で非論理的な対応関係しか持っていないと批判するのは間違っている。なぜなら、そのような批判は綴りに含まれている他の多くの要因を考慮にいれていないからである」(P.137)と言い切っている。英語の綴りに対するこのような見解の違いは、文字を音声のうつしとみるか、あるいは文字と音声の間に第三の中間項を想定するのかの違いであるように思われる。本書は表音文字を使用する英語の文字体系を題材にしたものではあるが、表音文字と表語文字の二項対立や音声と文字の二項対立を抑揚したところで達成された文字論の良書だと思う。

[目次]
翻訳版へのまえがき/訳者まえがき
第1章 「書く」ということ
第2章 英語の話し言葉と書き言葉:その多面性
第3章 英語の綴りへのアプローチ
第4章 句読法と植字術
第5章 英語の書記体系を身につける
第6章 英語書記体系におけるバリエーション
参考文献/人名索引/事項索引

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福島直恭 『書記言語としての「日本語」の誕生:その存在を問い直す』

本書の議論は、口頭言語と書記言語が互いに異なる言語変種であることの
確認から始まるが、本書で想定されている書記言語の最終的な定義は、
「音声で発せられた言語」と対立するような「文字で書かれた言語」のことではない。

そうではなく、本書は文字言語を「言語内情報完成度の高い言語変種」と
定義したうえで、それが如何にして、何のために、創りあげられていったのか
ということを論じたものである。その論点を説いた力作が「第6章 「日本語」という
イリュージョン」であろう。

そこでは、我々が漠然と想定してる「日本語」とか「共通語」といったものが、
幻想にしか過ぎないことが主張されている。

それゆえ、本書は河野六郎式の文字論(文字と言語の関係)を論じた書ではなく、
日本人にとっての「日本語」がどのような存在であるのかを、文字で書かれたものを
通して考察した書であると言える。

【目次】

本書をお読みになる方へ

序章 本書の概要と前提

第Ⅰ部 「日本語」以前の日本語
第1章 文字の獲得と書記言語の成立
第2章 平安和文の口頭言語的性格の検証1
       -文同士の関係表示と文という単位の曖昧性-
第3章 平安和文の口頭言語的性格の検証2
       -和文に現れる従属節の特徴-

第Ⅱ部 「日本語」という名の標準語
第4章 「日本語」の書記言語的性格
第5章 「日本語」の書記言語的特徴
第6章 「日本語」というイリュージョン

第Ⅲ部 文字獲得に伴うもうひとつの規範の成立
       -定家仮名遣い-
第7章 定家仮名遣いの位置づけ
第8章 定家仮名遣いによらない表記
       -舞の本の調査から-
第9章 定家仮名遣いの社会的意義

終 章 イリュージョンとしての「日本語」

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月刊言語2008年12月号:古典語・古代語の世界――“世界言語遺産”をめぐる旅

月刊言語2008年12月号(←クリックすると出版社のサイトにリンクします)

■特集名:古典語・古代語の世界――“世界言語遺産”をめぐる旅

■特集内容:    
人類史上重要な意味を持つ史跡が世界文化遺産に指定されている。
では、仮に世界言語遺産というものがあるとしたら、何が挙げられるだろうか。
現代にも息づくそうしたことばの世界遺産を探る旅に出てみたい。
古典語・古代語の中には、何千年にもわたって培われた知恵や世界観が
結晶してことばに刻み込まれている。その遺産は人類に何をもたらしたのか。
悠久の時をさかのぼり、古のことばの世界を逍遥する。

■主要目次
ラテン語 ヨーロッパ文化の底流をなす共通の知的土壌(逸見喜一郎)
ギリシア語 現代へとつらなる西欧文化の源流(池田黎太郎)
古インドアーリヤ語 古代インド文化の清華を伝えるヴェーダ語とサンスクリット(後藤敏文)
アラビア語 イスラーム文化圏を結ぶ紐帯(小杉 泰)
ヘブライ語 古くて新しいユダヤ人のアイデンティティ(池田 潤)
古代教会スラブ語 文字と文語をスラブ世界に広めた(恩田義徳)
古代中国語 漢字文化圏をつなぐ文字の原点(松枝 到)
古アイルランド語 ケルト文化を現代に伝える(平島直一郎)
シュメル語 楔形文字と『ギルガメシュ叙事詩』(小林登志子)
アヴェスタ語: 西欧文明に衝撃を与えたゾロアスター教のことば(後藤敏文)
文字から探るフェニキア語の世界: アルファベットの源流(桑原俊一)

*この特集に、古代エジプト語が含まれていないのが、なんとも残念です。

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定延 利之 『煩悩の文法―体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』

定延 利之
『煩悩の文法―体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』

言語の内部には規則性がある。それを捉えて人は文法と呼ぶ。
文法が言語に内在するものである以上、人は言語表現から文法
について考えることになる。

この当然とも言える従来からの研究手法は、実のところ、話し手の
心理を介入させることを避け、それでいて言語学者の主観を尊重
しつつ、客観的に得られる形式に意味を与えるものであった。

しかし、本書の方法はこれとは異なる。

話者の心の状態から言語表現のあり方について考えている。
その心の状態を筆者は「煩悩」として捉えている。

言語学者の用意した既成の用語で文法について考えるのではなく、
話者の気持ちから文法について考えてみる。そうすると、不思議なことに
言語の規則性がスッと見えてくる。実に痛快である。

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リンゼイ J. ウェイリー 『言語類型論入門-言語の普遍性と多様性』

 

言語類型論では、世界に存在する何千という言語を対象にデータを集めて
様々な傾向を探ることが行われている。その目的は、特定の言語のみに基づく
理論を一般化させて、それを他の言語に適用させることにあるのではなく、
むしろ言語の多様性を認めつつも、言語間に見られる普遍性を見い出すこと
にある。言語類型論の根底には、いかなる言語の記述や分析にも使用する
ことのできる基礎概念の構築がある。その成果は様々な言語の研究者に
寄与する部分が大きい。

本書は言語類型論の考え方、方法、成果を分かり易く解説した本である。
扱われている対象は文法(形態論、統語論、文法範疇)が中心となっており、
音声や音韻に関する章はない。

本書は文法を中心とする言語学の入門書としても優れている。
日本語を言語学的に考えるうえでも、本書で示されている概念は有効であろう。

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初心者のための言語学の入門書

●『言語学入門』は言語学の基本的な知識を解説したもの。

 ・言語の特性など(第1講~第4講)
 ・音声学・音韻論(第5講~第9講)
 ・形態論(第10講~第13講)
 ・統語論(第14講~第17講)
 ・意味論(第18講~第21講)
 ・語用論(第22講~第23講)
 ・言語と社会・言語の変化など(第24講~第26講)

用例は日本語が中心で、扱われている概念や用語は基本的なもの
である。言語学専攻の学生には、もの足りなさが感じられる
かもしれない。

●『言語学基本問題集』は、その名の通り、言語学に関する問題集。
先に紹介した『言語学入門』に対応している。

 ・言語の特性など(30問)
 ・音声学・音韻論(60問)
 ・形態論(50問)
 ・統語論(50問)
 ・意味論(50問)
 ・語用論(45問)
 ・言語と社会(36問)
 ・言語の変化(40問)
 ・文字の体系(24問)

問題は四択になっており、すべての問題に解説がつけられている。
本書の「はしがき」でも述べられているように、扱われている概念や用語は
言語学というよりも、日本語学の方に向いている。それゆえ本書は、
日本語教育能力検定試験の対策用として特に威力を発揮するものだと思う。

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亀井孝・大藤時彦・山田俊雄 編集委員 『日本語の歴史[別巻]-言語史研究入門-』 平凡社ライブラリー 2008年

亀井孝・大藤時彦・山田俊雄 編集委員
『日本語の歴史[別巻]-言語史研究入門-』
平凡社ライブラリー
2008年

言語史研究入門というタイトルがかかげられているが、本書は言語史の研究ばかりではなく、古文献を対象とした文献言語学全般に寄与する内容になっている。日本語で書かれた本で、文献言語学に対する態度や手法をこれほど詳細に記した本は他にないのではなかろうか。

本書は以下の二つの部分からなる。

第一部 言語史の原理(pp.11-313)
第二部 文献学の方法(pp.315-477)

このスッキリとした構成が示しているように、本書は文献学を踏まえた上での文献言語研究のあり方を示した著作である。本書の初版は1966年であるが、半世紀近くが経った現在でも、本書で提示された方法論は色褪せてはいない。

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杉浦克己 『文献学』 放送大学教育振興会 2008年

杉浦克己
『文献学』
放送大学教育振興会
2008年

古書体学、文書形式学、書誌学などの知識を総動員して古文献を読む作業が文献学である。本書では日本語の文献資料に対する文献学が解説されている。

本書の内容は古文書学に近いものかもしれないが、古文書学と文献学とでは、資料の捉え方に違いがある。通常、古文書学では差出人と受取人が存在する文書を扱うので、文学作品などの文献資料は対象外となる。しかしながら文献学では、文献資料のジャンルは問題にならない(ただし、本書では刻銘や古浅などの文字資料は対象にされていない)。

古文書学が資料のジャンルにこだわるのは、これが歴史学の土台となっているからであろう(ちなみに、歴史学では「資料」ではなく「史料」を使用している)。対する文献学の方は国文学の土壌から生まれたものであるので、そこで扱われる文書は文学作品であることが多い。

言語学の立場からすれば、文書のジャンルにかかわりなく、文献資料の操作全般を取り扱う文献学が基本となる。

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「紙の歴史」と「本の歴史」


■ピエール・マルク=ドゥ・ビアシ 『紙の歴史―文明の礎の二千年』 「知の再発見」双書
■ブリュノ・ブラセル 『本の歴史』 「知の再発見」双書

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Cambridge: The Ancient Languageシリーズ


The Ancient Languages of Mesopotamia, Egypt and Aksum
The Ancient Languages of Syria-Palestine and Arabia
The Ancient Languages of Asia Minor
The Ancient Languages of Europe
The Ancient Languages of Asia and the Americas
Edited by Roger D. Woodard
Published 2008
Cambridge Universiy Press

この5冊はThe Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages(ハードカバー)の分冊版(ペーパーバック)である。まだ未出版であるので、内容が改訂されているかどうかはわからないが、誤植は訂正されているであろう。好きな分野だけ揃えればよいので入手し易くなったと言えるが、ペーパーバック版なのでもう少し安価だと助かるところである。

Cambridge University Pressのサイトによれば
The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages・・・130イギリス・ポンド
The Ancient Languageシリーズ・・・1冊21.99イギリス・ポンド(5冊で109.95イギリス・ポンド)

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The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages

The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages
Edited by Roger D. Woodard
Published April 2004
Cambridge Universiy Press
1182 pages

世界の古代語のそれぞれについて、歴史、文字、音韻、形態論、統語論などを解説した本。三省堂の『言語学大辞典』の古代語版のようなもの。言語の配列は、おおむね、中近東の言語(アフロ・アジア諸語)、ヨーローパの言語(インド・ヨーロッパ語族)、その他の地域の言語、となっている。

本書の内容が気になっているが、高額だし、全部の言語が必要なわけではない、という読者がいることと思われる。そのような人たちのために、分冊版の刊行が準備されている。

私の専門である「古代エジプト語とコプト語」(著者Antonio Loprieno)はpp.160-217に掲載されており、ページ数そのものは他の項目よりも多めである。しかし、pp.192-217が文字一覧の付録であるので、実質的な解説はpp.160-191までの30ページほどである。その内容は、1.エジプト語の歴史、2.文字体系、3.音韻論、4.形態論、5.統語論、6.語彙論、7.参考文献、である。なお、Egyptology Todayに掲載されているThe Egyptian Language; James P. Allen, pp.189-205は、このLoprienoの記事の縮小版のような内容である。

Cambridge University Press

Contents
1. Introduction: Roger D. Woodard
2. Sumerian: Piotr Michalowski
3. Elamite: Matthew W. Stolper
4. Hurrian: Gernot Wilhelm
5. Urartian: Gernot Wilhelm
6. Afro-Asiatic: John Huehnergard
7. Ancient Egyptian and Coptic: Antonio Loprieno
8. Akkadian and Eblaite: John Huehnergard and Christopher Woods
9. Ugaritic: Dennis Pardee
10. Hebrew: P. Kyle McCarter, Jr. 
11. Phoenician and Punic: Jo Ann Hackett 
12. Canaanite Dialects: Dennis Pardee 
13. Aramaic: Stuart Creason 
14. Ge’ez (Aksum): Gene Gragg 
15. Old South Arabian: Norbert Nebes and Peter Stein 
16. Ancient North Arabian: M. C. A. Macdonald 
17. Indo-European: Henry M. Hoenigswald and J. P. T. Clackson 
18. Hittite: Calvert Watkins 
19. Luvian: H. Craig Melchert 
20. Palaic: H. Craig Melchert 
21. Lycian: H. Craig Melchert 
22. Lydian: H. Craig Melchert 
23. Carian: H. Craig Melchert 
24. Attic Greek: Roger D. Woodard 
25. Greek Dialects: Roger D. Woodard 
26. Sanskrit: Stephanie W. Jamison 
27. Middle Indic: Stephanie W. Jamison 
28. Old Persian: Rüdiger Schmitt 
29. Avestan: Mark Hale 
30. Pahlavi: Mark Hale 
31. Phrygian: Claude Brixhe 
32. Latin: J. P. T. Clackson 
33. Sabellian: Rex E. Wallace 
34. Venetic: Rex E. Wallace 
35. Continental Celtic: Joseph F. Eska 
36. Gothic: Jay H. Jasanoff 
37. Early Northwest Germanic: Jan Terje Faarlund 
38. Classical Armenia: J. P. T. Clackson 
39. Etruscan: Helmut Rix 
40. Early Georgian: Kevin Tuite 
41. Ancient Chinese: Alain Peyraube 
42. Old Tamil: Sanford B. Steever 
43. Mayan: Victoria R. Bricker 
44. Epi-Olmec: Terrence Kaufman and John Justeson 
45. Reconstructed Ancient Languages: Don Ringe.

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名児耶 明 『書の見方―日本の美と心を読む』 角川選書 2008年


■名児耶 明 『書の見方―日本の美と心を読む』 角川選書 2008年.

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文字の歴史を学ぶための本

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■スティーヴン・ロジャー・フィッシャー 『文字の歴史―ヒエログリフから「未来の世界文字」まで』 研究社 .
■ルイ=ジャン・カルヴェ 『文字の世界史』 河出書房新社.
■ジョルジュ・ジャン 『文字の歴史』 創元社.
■ヨセフ・ナヴェー 『初期アルファベットの歴史』 法政大学出版局.
■田中一光  『人間と文字』 平凡社.
■町田和彦 『世界の文字の起源と日本の文字』 小峰書店.
■カレン・ブルックフィールド 『文字と書の歴史』 あすなろ書房.

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世界の文字について調べるための辞典

三省堂から出ている「言語学大辞典」の別巻が「世界文字辞典」である。日本語で書かれているので日本人には便利な本であるが、内容を考えると世界でもっとも充実した文字辞典だと言える。ただし、価格が高く、古書でもあまり流通していない。

The World's Writing Systemsは洋書の文字辞典でもっとも信頼できる1冊である。邦訳が企画されているとのウワサがある。

*両者は「文字」の辞典であり、「言語」の辞典ではございません。

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Timothy Shopen. Language Typology And Syntactic Description Second Edition Set. Cambridge University Press. 2007.

Timothy Shopen, Language Typology And Syntactic Description Second Edition Set, 2nd. edition, Cambridge University Press, 2007.

言語類型論からみた統語論、形態論、文法範疇などの解説。3巻セット。

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英語の文法と言語学用語を学ぶための本



The Cambridge Grammar of the English Language は言語学の成果を取り入れた英語の文法解説書。世界で最も信頼できる本だと思う。全1860頁という大著です。この本の縮小版が Student's Introduction to English Grammar で、こちらは全312頁。そして、この縮小版の邦訳が『ケンブリッジ現代英語文法入門』になります。この邦訳は英語の勉強をしながら言語学の用語を覚えたい人に最適な本だと思います。

私は価格の問題からThe Cambridge Grammar of the English Language ではなくStudent's Introduction to English Grammar の方を購入し、コツコツと読んでいたのですが、いつの間にか邦訳が出ておりました・・・。

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言語学の用語辞典

■P. H. Matthews, The Concise Oxford Dictionary of Linguistics, Oxford University Press, 2007.
言語学のコンパクトな用語辞典。音声学の用語も含まれている。

■R. L. Trask, A Dictionary of Grammatical Terms in Linguistics, Routledge, 1993.
文法(形態論、統語論、文法範疇など)に関する用語辞典。表紙の印刷がカラーコピーのような仕上がりなので、海賊版かと思った。

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Analyzing Grammar: An Introduction

本書では統語論、形態論、意味論、文法範疇に関する諸現象が扱われている。特定の言語のみに基づく個別文法が紹介されているのではなく、世界中の様々な言語の例を踏まえた上で、言語学の用語や概念が解説されている。例文も世界の言語から採用されており、言語類型論を踏まえた言語分析法の概説書だと言える。章末には練習問題がついてる。

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山口謠司 『日本語の奇跡』と『漢字ル世界』

『日本語の奇跡』は現代の漢字仮名混じり文が出来るまでの歴史を簡潔に紹介した本。また『漢字ル世界』は中国文化を紹介しつつ、漢字や言葉のいろいろな側面について語ったもの。

どちらの著作においても、言葉に対する著者の鋭い視点がやんわりとした文章で語られている。

著者は中国文献学を専門としながらもフランス語や英語などの欧米語にも堪能なマルチリンガリスト。そればかりか、アートのプロでもある。脱帽。

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笹原宏之 『国字の位相と展開』 三省堂

社会言語学という分野があるように、社会文字学という分野があってもよいであろう。だが実際には社会文字学という用語は未だ定着していない。否、そもそも提唱者がほとんどいない。そこで評者は、社会文字学という分野を定着させたいと思い、アレコレと研究例を詮索をしていた。そこで出会ったのが本書である。

著者の笹原宏之氏は国語学の中で日本の国字を扱っており、その研究で社会文字学という用語を使用しているわけではない。だが、本書の内容は社会文字学の実践だと言ってよい。

社会言語学では、①地域ごとの言語変種である地域方言(いわゆる方言)、②レジスター(register:年代別集団、男女、組織別集団、社会階級など)ごとの言語変種である社会方言が論じられる。

この言語変種の在り方を文字研究に応用してみると、①地域ごとに異なる文字体系がある場合、これを地域文字と呼び、そして②レジスター(register)ごとに異なる文字体系がある場合、これを社会文字と呼ぶことができる。

本書においても、①地域文字と②社会文字が取り扱われているが、国語学においてはレジスターという用語よりも、位相(phase)と呼ばれていることを受け、②社会文字が位相文字と呼ばれている。

ところで、現代社会の位相文字については、ギャル文字や顔文字があり、その存在を想定することが容易である。しかし、地域文字(地域ごとに異なる文字)があるという発想は、教育が行き届いた日本では一般的ではなかったように思う。ところが本書では、文字に地域差があることが紹介されている。

本書は国字における①地域文字と②位相文字のデータを集めて紹介するとともに、それらの発生・定着・死滅というサイクルをデータに基づいて跡付けたものでもある。地味な分野かもしれないが、画期的な研究である。

なお、同じ著者による本書の内容の簡易版とも言える『日本の漢字』(岩波新書新赤版991)が既に出版されている。

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円満字 二郎 『昭和を騒がせた漢字たち-当用漢字の事件簿-』 吉川弘文館

戦後、民主化という思想のもとに日本の様々な制度が改められた。その一環に漢字制限がある。それが1946年に告示された当用漢字だった。以後、当用漢字政策はいくつかの改訂を経て、最終的には1981年に告示された常用漢字に吸収されていく。この間に生じた漢字と人々の壮絶な戦いが、本書で紹介されている。

当用漢字においては、漢字の字数制限や字体の統一が絶対的な基準として打ち出されたのであるが、実際の運用においてはかなり窮屈な面や不徹底な面を抱えていた。そこで生じたのが、基準に従うのか?、自由裁量が許容されるのか?、そもそも基準は誰が作るのか?、というような問いである。更に、漢字に込められた送信者や受信者の思い(これを「唯一無二」と呼ぶ)が上記の問いに絡み合い、漢字を巡って人々は紛争した。

たとえば、小学校に設置された「良い子の像」に彫られた文字を巡って学校とPTAが裁判で争った。「仲よく」の「仲」の字において、人偏の縦棒が上に少々飛び出しており、それが教育上好ましくないという苦情がPTA側から出されたのだ。もともとは書道家が善意で書いた文字である「仲よく」の字を巡って、大人たちが「仲たがい」をするという皮肉な現状がそこにあった。

本書は簡単な読み物であるが、漢字を巡る争いを単に羅列したものではない。そうではなく、「喧騒渦巻く人間社会の中で漢字がどのよな姿を見せているか」を「民主化」や「自由」という概念の変化に位置づけて紹介したものである。昭和の世相の移り変わりを反映して、漢字を巡る争いもその質を変化させていたのだ。この点を指摘しているところが、本書の本当の面白さだと思う。

本書の表紙には建設中の東京タワーが画かれ、「懐かしい昭和の時代に起きた出来事」という雰囲気が漂っている。著者自身も平成における「唯一無二」を強調しておらず、読者の中には漢字を巡る「唯一無二」が昭和とともに終了したというイメージを抱く人がいるかもしれない。しかし、表語文字として漢字は「唯一無二」の思想と切っても切り離せない関係にあるように思う。だとすれば漢字を巡る人々の壮絶な戦いは、今後も繰り返されることであろう。

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「特集名:東アジアの文字文化―表現する文字、創造される文字」月刊言語2007年10月号

「特集名:東アジアの文字文化―表現する文字、創造される文字」月刊言語2007年10月号

月間言語では何年かごとに文字の特集が組まれている。過去の特集には次のようなものがある。

・1996年8月号「失われた言葉の発掘-過去へのフィールドワーク」
2004年8月号「言語にとって文字とは何か-文字論の復権」

1996年の特集では、ヒッタイト語、ファイストスの円盤、西夏語、ソグド語、日本の古代の記号など、全世界の文字・言語が対象となっていた。

また2004年の特集では、一般文字論的な視点から、文字の機能が論じられ、対象言語は主に日本語(+楔形文字)であった。

そして2007年10月号の特集は、東アジアの文字である。漢字系文字、契丹文字、中国女文字、チベット文字、イ文字、モンゴルの文字、トンパ(東巴)文字、ベトナムの文字、日本語の文字、朝鮮の文字などに関するレヴェルの高い紹介がずらりと並び、月刊誌で一般の読者に紹介される。欧米の文字研究者にとっては、うらやましい状況かもしれない。

日本には象形文字があり、表語文字があり、音節文字があり、アルファベットがある。これほど多くの文字が同時に使われている(あるいは使わなければならない)国は、世界で日本だけであり、だからこそ日本は文字論を考えるうえで有利な立場にある。

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「文字のちから-写本・デザイン・かな・漢字・修復-」 國文學 52巻10号 07年8月号 臨時増刊号

「文字のちから-写本・デザイン・かな・漢字・修復-」 國文學 52巻10号 07年8月号 臨時増刊号

国文学においては、文字は写本研究や本文校訂などの領域で主に用いられてきた。本書もその流れを受けているのか、古筆学や写本研究などが大きなテーマとして設定されている。

個人的には、小松茂美先生へのインタビュー「古筆学に生きる」が貴重な内容だと思う。大家といえども若い頃はご苦労をなされていたことがわかり、自分も信念を持って研究に専念しなければならないという気になる。

一方、レズリー・ハウザム「書物研究の学際的好機」に期待をしていたが、その内容の特に164頁の図には物足りなさを感じた。

それぞれの著者が現物の文字資料に接したところで仕事をしており、現物に接することの重要性・楽しさ・難しさがリアルに伝わってくる。

<内容>

文字とは何か-日本の文字文化を通じて【インタビュー】石川九楊

●文字の刻む歴史●
政治システムとしての漢字/矢嶋 泉
かなの空間(文字と余白)- 「香紙切」筆跡分類の場合/高城弘一
古活字版のタイポグラフィ/鈴木広光
梵字の宇宙/松枝到
【インタビュー】古筆学に生きる/小松茂美
【エッセイ】天恵-『万葉集』の文字との五十年/稲岡耕二

●写本の魅力と研究課題-古典をより深く味わうために●●
萬葉集-漢字とかなのコラボレーション/小川靖彦
古今和歌集-定家と書写/浅田徹
源氏物語-二つの源氏物語の相剋(定家本と河内本)/新美哲彦
平家物語-共存する複数の「平家物語」/佐伯真一
奥の細道-未完の古典(芭蕉の推敲)/金子俊之
近代文学の手稿-三島由紀夫の場合/井上隆史
【エッセイ】写本との出会い/井上宗雄

●文字と写本を味わうための手引き●●●
筆記具/小松大秀
和紙と筆触-装幀に使われている書写料紙/吉野敏武
敦煌写本とそのデジタル化・保存-国際敦煌プロジェクト(IDP)の活動/スーザン・ウィットフィールド
奈良朝写経の字すがた/赤尾栄慶
かなの字母とその変遷/矢田勉
古筆切の世界/佐々木孝浩
書物の学際的好機/レズリー・ハウザム
グーテンベルグの活字を巡って-デジタル化技術とHUMIプロジェクトについて/高宮利行
保存修復と修復家の私考/中塚博
図書館・美術館・博物館・文庫案内/五月女肇志

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石上 英一(編集), 山口 英男(編集), 加藤 友康(編集) 『古代文書論―正倉院文書と木簡・漆紙文書-』 東京大学出版会

私自身、古代エジプトの写本資料(=手書き文書)を研究対象として扱っていて、次の3点の重要性を感じている。

1.文献資料自体に対する検討
 これは文書形式学(古文書学)、古書体学、文献学などと呼ばれる諸分野を含めたものである。モノ(書写材料)としての文書の形式面に関する検討、筆記用具の検討、書体に関する検討、そして他の文字資料との比較を踏まえた文献学的な検討である。歴史学であれ、宗教学であれ、言語学であれ、文書を資料に据えるのであれば、文書そのものに対する分析が最低限必要となる。

2.文書を書くという行為に対する検討
 これは文書の書き手が文書を残すという行為に関する検討であり、大きくわけて次の2つの分野があるかと思う。1つ目は、人間が文字で言葉を書くという行為とはどのようなものなのか、話し言葉と書き言葉の関係はいかなる関係にあるのか、というような問いである。把握が難しい分野ではあるが、「人間が文字を書く」という視点を持っていないと、文献資料を必要以上に絶対視してしまう恐れがあるので注意が必要だと思う。
 そして2つ目は、どのような時代背景、目的、場所(工房など)で文書が作られたのかということである。この中には、最近よく注目されている「文書の生命(文書のライフサイクル)」に関する議論も含まれよう。

3.資料化に関する検討
 ここでは、資料とは何かという問いや、資料の刊行という行為が扱われる。この検討では、過去そのものというよりも、現代人(研究者)による資料化のあり方とその認識が問われることになる。「史料学」とうい分野がこれに相当するであろう。資料(史料)の刊行は研究とは異なるレヴェルだと考える人がいるかもしれないが、研究者が依拠する資料集(史料集)の質が時に問題となることがあり、看過し得ない分野であると言える。特にエジプト学では、研究者が原典の写真や影印本などを使用せず、文字を書き換えた二次的な資料のみしか見ていないケースが多いので、この分野への関心は不可欠である。

 前置きが長くなったが、ここで紹介する『古代文書論-正倉院文書と木簡・漆紙文書-』では、上記の3点が論点となっている。中でも1点目と2点目に対する関心が高い。従来の歴史学では、書かれたものあるいは内容そのものが文献の伝えるメッセージであると捉えられていた。その際、どのようなモノに、どのような文字で、どのようにして書かれているのかということは、歴史学の外に置かれていたように思う。それに対して本書では、文字そのものだけではなく、文献資料が持つモノとしての側面を大きくクローズアップして、当時の歴史を明らかにしようとしている。文献資料を扱うとはどういうことなのかを再考させてくれる良書だと思う。

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東京大学教養学部国文・漢文学部会 編 『古典日本語の世界-漢字がつくる日本』

日本の文献言語は漢文から開始された。漢文に影響される前の倭語がかつて日本に存在していたかもしれないが、平安の時代に現われた和語は、もはや純粋な日本語ではなく、漢語と倭語が交じり合った言語態である。そして今日でも、我々の言葉には、漢字の音読み(中国式の読み)と訓読み(日本語式の読み)が互いに共存している。これはつまり、日本における漢字文の影響が少なくないことを意味している。にもかかわらず、漢字文を日本の古典とみなす人は少ない。それは、「古典=平仮名=非漢文」という図式が王道だと思われているからである。本書はこのような思い込みを根底から覆そうとする意欲的な著作である。

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石川九楊 『日本書史』

タイトルにあるように、本書は書の歴史を扱ったものである。しかし、その内容は芸術論としての書の歴史に留まるものではなく、日本文化の歴史という根源的な枠組みに支えられている。これが本書の一番の魅力である。

筆者の観点の鋭さは序章に凝縮されている。

 序章

  • 書の見かた
  • 途中乗車し、途中下車した日本の書史は何を描き出したか
  • 書から見た日本史の時代区分

このうち、「書の見かた」は書の基本を説明したもの。

次の「途中乗車し、途中下車した日本の書史は何を描き出したか」では日本書史の特徴が端的に示されている。筆者が途中乗車という言葉で示しているように、日本書史は、すでに1000年以上の歴史を持っていた中国書史に相乗りすることで開始された。それゆえ、日本書史は書の前提を欠いている。では、その前提は何かというと、墨で「書く」以前に存在していた鑿(ノミ)で「掻く」行為である。その前提の欠如が字形や書体の理解に大きな認識不足をもたらしている。

そして、圧巻なのが「書から見た日本史の時代区分」である。ここにおいて、社会科や国語科の教科書で示されている日本文化の在り方が根底から覆される。

つまり、日本という国や文化は石器時代から今日まで連綿と存在してきたのではなく、日本は金印を下賜された頃に中国文化に途中乗車し、その後白村江の敗戦後に途中下車させられるまで、中国の一地方であった(中国時代)。「国」という単位が中国の行政単位の1つであったことを忘れてはならない。その後、遣唐使が廃止されるまで、日本の文化は中国文化の影響下にあった(擬似中国時代)。

中国時代は言うに及ばず、擬似中国時代の日本の文字文化の基盤は漢文であり、漢字文である。ここに日本の古典の出発点がある。

その後、平安時代になり、日本は中国文化から独立した「国風文化」を作り出していく。日本の文化は石器時代から連綿と続いてきたのではなく、平安時代以降に新たなかたちで作られていった(日本時代)。

以上のような「中国時代>擬似中国時代>日本時代」という枠組みのもと、第1章以降第77章まで、日本書史の細部が語られていく。この際、序章で提示された枠組みと書の在り方がピタリと符合するのは、なんとも見事である。それはとりもなおさず、序章で提示されていた枠組みが机上の空論なのではなく、数々の書の実例から導きだされた結果であるからに他ならない。白川静氏が「作品をして語らしめた記念すべき労作」と評したのも納得である。

石川九楊 『日本書史』 名古屋大学出版会 (2001年) [第56回 毎日出版文化章受賞(2002年)]

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矢島文夫 『文字学のたのしみ』

矢島文夫 『文字学のたのしみ』大修館書店 1977年 はオリエントの文字を中心に、文字の歴史、文字の解読、書字材料、書字方向、文字の美学などに関する事項を紹介した本である。本書は、言語学の立場から文字の機能を概観したものというよりも、文字の歴史にまつわる内容を紹介したものであり、古代史に関心のある読者にうってつけの本になっている。

矢島氏の力量は古今東西の文字や言語に関する博識と、中近東の歴史・文化に対する深い理解にあるように思う。氏は文字や言語を得意とするオリエンタリストであった。本書ではその個性が存分に発揮されていて、出版から半世紀近くが経った今日でも読む人を魅了し続けている。

河野氏の文字論や西田氏の文字学と比較すると、矢島氏の文字研究は毛並みが異なるように見えるが、矢島氏が晩年に文字論の体系化を提示されていたのを忘れてはならない。それが中島平三編集『言語の事典』朝倉書店 2005年 所収の「文字論」(pp.192-216)である。この論稿において、言語と文字の関係を射程に入れた文字論が展開されている。

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西田龍雄 「言葉と文字-文字学」

西田龍雄氏の文字学の基本的態度が述べれているのが、西田龍雄編 『言語学を学ぶ人のために』 世界思想社 1986年 所収の「第10章 言葉と文字-文字学」である。

「〔2〕文字学の領域」で述べられている「文字行為」の考え方や、「〔3〕文字採用の恣意性」の話は、文字と言語との関係を考える上での基本だと思う。また、「〔9〕対照文字学」の部分は西夏語の解読者としての氏の力量が発揮されていて面白い。

全体的に東アジアの文字の事例が中心ではあるが、文字学の基礎文献として避けては通れないものになっている。

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河野六郎 『文字論』

河野氏の文字研究に関する論稿を収めた著作。とりわけ重要なのは第一章の「文字の本質」であろう。このなかに、氏の文字論のエッセンスが示されている。「文字の本質」は文字研究者にとって必読の論稿である。

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河野六郎・西田龍雄 『文字贔屓』

 我が国の文字研究を代表する2人の巨匠による対談をまとめたもの(*これは失礼なことだが、2人の巨匠が対話する場面を想像すると、勝手ながら「大鏡」をイメージしてしまう)。もとが対談だから文章は読み易いが、話のレヴェルが低いわけではない。文字研究の様々なエッセンスが凝縮されており、専門用語が断りなく飛び交う。このような点を考えると、本書は中級者用の本かもしれない。

 両人とも言語と文字の係わり合いを追求する姿勢が共通している。だが、そのような学問分野を示す用語が互いに異なる。

 河野氏は言語と文字の係わり合いを扱う分野を文字論と呼び、文字の形式面に着目した研究を文字学と呼ぶ。これは音韻論と音声学の関係に似ている。それに対して西田氏は文字を広く研究する分野を文字学、そして個別の文字を研究する分野を文字論と呼ぶ。西田氏によれば、記述言語学や歴史言語学に比類されるものとして文字学がある。それゆえ、大まかにいうと、西田氏の文字学の中に河野氏の文字論と文字学とが含まれることになる。そのような意味で、本書において文字学という用語が出てきた場合、どちらの意味でそれが使用されているのか、少々あいまいに感じるところもある。

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藤枝 晃 『文字の文化史』

漢字を中心としたコディコロジー(古写本学)のパイオニア的作品。

310ページの本文の中に102点の図版がある。図版のほとんどが写真であり、それらの多くが著者の手によるものだという。コディコロジーにおける原資料の大切さが伝わってくる。

写本の形・材質・製法、文字、筆記用具、使用者、写本のしまわれ方・読まれ方、などなど、様々な点が述べられている。このような内容は書誌学と呼ばれるようにも思われるが、本書の内容は書誌学と呼ぶには少々守備範囲が広い。

 書誌学では、物理的な存在としての書物が対象であり、そこでは書物を作った人々の文化や歴史との関係は述べられない。だが、本書は書物を作成した人々の文化や歴史の中から湧き上がってくる内容を語っている。だから、字形とか、筆記用具とか、一見して地味なテーマが精彩を放っている。

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史料学に関する4冊の本

この数年、史料学に対する関心が高まっているように思う。

従来でも現在でも、刊行された校訂版が原資料として扱われている。それらの校訂版では、断片的な原資料に註を付け、類例を示し、原資料の誤りを訂正することすらある。そのような補助輪付きの「史料」は現代人にとって実に読み易いテキストである。

だが、いくら校訂版がすぐれているからといって、校訂版が原資料であるわけではないということを忘れてはならない。手書きの文書が活字に改められた途端、原資料の持つ様々な情報が失われてしまう。

原資料はときに断片的で、曖昧で、難解であり、校訂版よりも不完全であるように一見して思われる。だが、それが原資料というものである。それゆえ、校訂版のみに依拠するのではなく、自らの力で原資料にあたる努力が必要であろう。研究者自らが手書きの原資料にあたった結果、不完全だと思われていた箇所が実は問題のない表現であったことに気付くこともある。このような文献学的作業に関する論稿を含む著作が『史料学入門』と『西洋中世学入門』である。

2冊の『日本古代史料学』は毛並みがだいぶ異なる。東野氏の著作は史料批判の実践をまとめたものである。バラエティが豊かな文書の個別研究を総括する概念として史料学が用いらている。一方、石上氏の著作は史料学の概念を整備した上で、その実践が披露されている。とはいうものの、石上氏の体系化は、原資料と格闘するなかで練り上げられたものであり、先に理論ありきとういスタイルではない。

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今野真二 『文献から読み解く日本語の歴史-鳥瞰虫瞰』

著者の今野氏は文字で書かれたものを「表記体」と呼び、「表記体」と「言語」と「表記体を作成する行為」の関係をたえず鳥瞰しながら、表記体そのものを虫瞰する。 筆者の言う鳥瞰とは表記体に接する際の態度や見方のことである。それに対して虫瞰とは地を這いつくばうようにして実証的に表記体を読む行為である。 だが、虫瞰が表記体に密着した実証的な態度であるとはいっても、鳥瞰なき虫瞰が展開された場合、議論がいたずらに微視的になり、その結果、実証性が乏しくなることもある。全体は部分から成るが、部分は全体のなかに置かれてはじめて意義を持つものだといえる。筆者はこの問題点を十分に踏まえた上で論を展開しており、そのような点で、読んでいて実に爽快だった。その手際のよさは、「はじめに」から十二分に発揮されている。

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神野志隆光 『漢字テキストとしての古事記』

我々が学校で習う「古事記」は漢字仮名交じり文で書かれている。だが、実際の古事記の原典は漢字仮名交じり文ではなく漢字文で表記されており、本書の議論はこの当然の事実に向き合うことを基盤としている。

では、漢字テキストの古事記と対面することによって何が見えてくるのであろうか?

第一に著者は、古事記が倭語を写し取ったものではなく、漢文訓読に端を発する人工的な文体であることを指摘する。但し、古事記の文体を巡っては、書道家の石川九楊氏もすでにこれを看破していることをここで付け加えておきたい。

第二に著者は、古事記の本文が漢文訓読体で書かれている一方で、古事記に収めれられている歌が音仮名で書かれおり、両者の差が古事記に複線的な記述をもたらしていることを指摘する。

本書の骨格をなす認識は、ある前提を受けて古事記という漢字テキストが生成されたということではなく、古事記という漢字テキストを書くことによって作り上げられた世界がある、ということである。

では、なぜ、人工的な言語態が用いられたのであろうか? あるいは、人工的な言語態による記述が何を生み出しているのであろうか?この問いに対するこたえは本書で確認してもらうことにして、最後に著者の要点を繰り返しておくと、古事記を理解する上で重要なのは、「A→古事記」(Aが最初にあって、それを反映したかたちで古事記が作られた)ではなく、「古事記→A」(古事記を書くことによってAが作られた)という認識である。

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小松英雄 『日本語書記史原論[補訂版]』(新装版)

 「すべての書記は情報の蓄積である」というガウル博士の見解を研究の基礎的な態度に据えて書記テキストの言語を分析した書。書記と言語を同一視してはならないという著者の指摘に納得する。

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萩谷 朴 『本文解釈学』

萩谷 朴 『本文解釈学』 河出書房新社 1994年.

 池田亀鑑の弟子の一人。師の文献学を踏まえたうえで、それを本文学に発展させた。原典を読むという姿勢にこだわった名著だと思う。「第一部 緒論 学問する者の心構え十七条」も参考になる。

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池田亀鑑 『古典の批判的処置に関する研究』 『古典文学研究の基礎と方法』

池田亀鑑
『古典の批判的処置に関する研究』 岩波書店 1941年(1990年再版).
『古典文学研究の基礎と方法』 (池田亀鑑選集) 至文堂 1968年.

 文献学の重要性を提唱し、それを実践した代表的研究者である池田亀鑑の著作のうち、特に方法論に関するもの。うれしいことに、『古典の批判的処置に関する研究』は うわづら文庫@ココログ で読むことができる。とてもありがたい。  

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